出現 1

 戸中井さそりは高名な死霊術師で、極端な人嫌いとして知られている。中学生だった頃に書いた「悪」というなろう小説が高校入学直後に出版され、15歳で商業デビューしたラノベ作家でもあり、文芸部では伊伊島よろいと並んで顔役のような存在だ。彼女は今日も部室の隅のカウチに腰掛けて頭を抱え、強い恐怖に苛まれている。今日の恐怖は、自分の体が、すぐにバラバラになってしまうパーツの寄せ集めでしかないのだという、強いリアリティを伴って不随意に反復される思考から生じている。雑に眼窩にはめこんだ眼球、てきとうに関節同士をくっつけて健でつなぎとめ、皮膚で覆いをかけただけの指。手慰みのDIYで作られたお人形のようなこの躰が自分の全てなのだということが怖い。小説を書くのが好きだ。精緻な精妙なこの世がどれほどの意味を包摂しているのかを物語の形で書き表したい。それを可能にするための絶対に必要な条件は、自分に脳があって、それが正常に動作していることだ。その条件があまりにも厳しい。放っておいてもすぐに劣化し、やがて機能を止めてしまう脳。この世に存在するすべての時計は、私の残り時間を刻んでいる。怖い。自分が消えてしまうことが怖い。時計の針が私の存在を少しずつえぐり、削いでゆく。私はやせ細って消えてゆくんだ。ばらばらの残骸だけが後に残るんだ。犬トウモロコシが戸中井さそりの頬をかりんとうでつついている。犬トウモロコシとはペンネームであり、もう少しちゃんとした本名は別にあるのだがみんな犬トウモロコシと呼んでいる。犬トウモロコシはtwitterでフォロワーが2000人の同人漫画書きだ。「さそりちゃーん、また怖いの? かりんとう食べる?」「犬、犬」「なーに?」「この世があることが怖くないの?」「こ・わ・い」にこにこして戸中井に絡んでいた犬トウモロコシが真顔になった。この世が怖くない人間なんてこの世にはそうそういないのだ。「もういやだ、こわい……」戸中井はぐすぐすと泣き出した。「トナカイちゃんは怖がりなのに怖いところにばっかり行きたがるからね。前に目玉を薔薇にされそうになった時なんか、見てるほうが怖かったよ」戸中井はトラウマをほじくり返されてカタカタ震え始めた。