2018-01-01から1年間の記事一覧

出現8

バッハの対位法を想起せよ。すべて美しいもの、完全なるものはパターンの反復と変奏の調和より成る。ちょうど私たちの校舎のように。我々を取り巻くこの世界には、一つの《主題》が存在する。 これは、その《主題》の物語。 全ての物語がその変奏である物語…

出現7

クジュテメシナは遺伝子改造によって毛皮を備えて生まれた男から剥いだ人皮のファーコートを着込んで3年2組で開催される生徒会に現れた。部屋の中心には直径3cmほどの円柱となって床と遥かに高い天井をつないでいる今代生徒会長ツナギ・アルケプヒュラがいた…

出現6

飼育していたネオンテトラの一匹が《共和国》の一員であった事件が判明して以来、水族館部ピケンダール支所の雰囲気はあまりよくなかった。副支所長ケアン・シャパーは聖母像の頭を蹴りつけると、(ピケンダールにはカ・クヴェール戦争で破壊された聖母像の…

出現5

コカトリスは眞榮城ずずが旅立ってからというもの泣き暮らしていた。コカトリスはある冬の日、眞榮城ずずの燭台の炎に身を投じて焼け焦げていた蛾だった。眞榮城ずずがそれを捕まえ、水盤に人の姿で映し出したことによって人間となったのである。正確には、…

出現4

初代校長の名は知られていない。伝承により、シャムト、ヘステ、アレイスなどとされる。その姿は真円とも楕円とも、獅子とも波形とも太陽ともされる。彼が実在したトトゥク族の祖王であったことについてはほぼ間違いのないこととされている。だが、それらを…

出現3

「《誰にも読めない書物》……」 眞榮城ずずの呟きは部屋の暗闇に吸われていった。暗闇は円柱と円錐と球体に分解することが可能だ。その円柱と円錐と球体を眞榮城ずずの呟きは撹拌した。 眞榮城ずずは水盤見部長だ。部室の中心にある直径2メートルほどの水盤を…

出現 2

暗かった。体育館倉庫から地下に繋がる長い長い階段をランタンを頼りに降りていった。10分もの間、自分が白い埃の積もった薄い金属の段を踏む音を聴いていた。どうしてもそうしなくてはならなかった。地下一階に着いた。まっすぐの一本道。地下道は湿ってい…

出現 1

戸中井さそりは高名な死霊術師で、極端な人嫌いとして知られている。中学生だった頃に書いた「悪」というなろう小説が高校入学直後に出版され、15歳で商業デビューしたラノベ作家でもあり、文芸部では伊伊島よろいと並んで顔役のような存在だ。彼女は今日も…

私の星を埋め尽くす希望の昆虫

私は自分の呪いで化粧をする。ほどけた冗談を結んで首に掛ける。憎悪を爪に塗る。私は死んだ自分の怨霊であると確信している。首吊りの縄。首吊りの縄! それが私の母! 天使! それは罪と穢れの塊だ! 私は倒れたビーカーから偶然に生まれたのだという。父…

解剖台時計

解剖台時計が笑うと世界も笑う。解剖台家に生まれた人間は必ず炎のなかで死ぬことが決まっており、無数の篝籠を擁する冷たい青銅の屋敷でやがて自らが還る炎を見つめて育った彼女は自分の死を呼吸し自分の死でこの世を見て、自分の死を食べ自分の死で遊び自…