出現3

「《誰にも読めない書物》……」

眞榮城ずずの呟きは部屋の暗闇に吸われていった。暗闇は円柱と円錐と球体に分解することが可能だ。その円柱と円錐と球体を眞榮城ずずの呟きは撹拌した。

眞榮城ずずは水盤見部長だ。部室の中心にある直径2メートルほどの水盤をじっと見つめていると、一年に何度か、何かが映ることがある。それを待ち続ける仕事を遥かな昔から続けている。

「どうしたんです? 部長。何か映ったんですか?」

カウチに寝そべっていたコカトリスが顔を上げた。

「いいえ、何も。ただ……」眞榮城ずずは円柱と円錐と球体の戯れを見つめた。「懐かしい……。生きていると乱丁によって同じ頁が繰り返されることがあるの」

眞榮城ずずが立ち上がった。コカトリスがぎょっとして身を起こす。

「眞榮城部長!? 一体どうしたんですか?」

「行かなくちゃならない。後はまかせたわ」

「ま……そんな、人間みたいに歩かないでください……」

コカトリスはこの時を以て第6代目の水盤見部長に就任した。だが、誰も眞榮城ずずのように巧みに水面のヴィジョンを見ることはできないだろう。